新しい学校のリーダーズのリーダとして活躍するMIZYUさん。
幼少期はきゃりーぱみゅぱみゅさんのバックダンサー「きゃりーキッズ」として
活動していたことは結構有名になってきましたね。その他にもキッズモデルとして活躍していました。
そこで今回は【画像54枚】新しい学校のリーダーズMIZYUの経歴は、きゃりーキッズでキッズダンサーの他にキッズモデルでもあった!を紹介します!
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MIZYU・きゃりーキッズ時代の画像12枚!

では、早速画像を見ていきましょう!
TOKYO METROPOLITAN ROCK FESTIVAL メトロック 2013

2013年5月25日・26日に開催された「TOKYO METROPOLITAN ROCK FESTIVAL メトロック 2013」で
きゃりーぱみゅぱみゅさんの「にんじゃりばんばん」のパフォーマンスを披露しました。
この時MIZYUさんは14歳で、きゃりーぱみゅぱみゅさんのバックダンサー「きゃりーキッズ」の一員として、
きゃりーぱみゅぱみゅさんと同じステージでダンスをしています。
カツラをかぶって、アイマスクをしているので、一見MIZYUさんとは分からないかも知れませんが、
よ~く見ると、MIZYUさんだということが分かると思います。

他の「きゃりーキッズ」と比べても、ダンスの「キレ」が良いのが分かります。
指先などが「ピン!」と伸びていて美しいですよね。表情も豊かです。

下の画像を見ると一目瞭然ですが、ジャンプの時の腕の高さと、足の揃え方が完璧ですよね。
隣のきゃりーキッズはMIZYUさんより年齢は低いですが、それでもこれだけの差があるのは驚きです。
完成度が高いのが良く分かりますよね。

このステージから半年後にMIZYUさんは「きゃりーキッズ」を卒業することになります。
きゃりーキッズのオフショット
下の画像はとても分かりやすいですよね。右側がMIZYUさんです。
MIZYUさんは右の口角が少しだけ上がっているのが特徴なので、アイマスクを付けていてもすぐに分かりますね。
もう可愛いです。

新しい学校のリーダーズときゃりーぱみゅぱみゅ他、画像2枚!
次に「きゃりーキッズ」を卒業し、「新しい学校のリーダーズ」のリーダー:MIZYUとしての画像を紹介します。
新しい学校のリーダーズときゃりーぱみゅぱみゅ

下の画像は「新しい学校のリーダーズ」結成1か月後くらいの画像ですね。
「新しい学校のリーダーズ」と「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんは同じ「アソビシステム」所属なので、
何かのイベントの時共演したのだと思います。
左からMIZYUさん、KANONさん、きゃりーぱみゅぱみゅさん、SUZUKAさん、RINさんの順です。
この時のSUZUKAさんは、メガネを掛けていないので一瞬分かりませんでしたが、美少女ですね。
2015年の画像なので、SUZUKAさんの身長はまだ151cmだと思います。みんなまだあどけないですね。

きゃりーぱみゅぱみゅ 10th ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2022 CANDY WAVE
2022年4月3日に千葉県文化会館で開催された
「きゃりーぱみゅぱみゅ 10th ANNIVERSARY JAPAN TOUR 2022 CANDY WAVE」の
ライブ会場での画像だと思います。

MIZYUはなぜ「きゃりーキッズ」に加入したのか?

ご存じの方も多いかと思いますが、ここでMIZYUさんが「きゃりーキッズ」に加入した経緯を説明します。
MIZYUは地元のダンススクールでトップだったが…

MIZYUさんはどんな経緯でダンスを始めたのでしょうか?
インタビュー記事がありましたので、見ていきましょう。
―どんな幼少期を送っていましたか?
テレビを見ながら音に合わせて身体を揺らしているような子でした。母がその姿をよくビデオで撮影していたんですが、踊っている自分の姿を見るのが好きだったんです。安室奈美恵さんやBoAさんに憧れて、PVを観ながらダンスをよく真似していましたね。それで、小学2年の終わり頃に、「ダンスを習いたい!」と思って、ダンススクールに通い始めました。
NEUTより
テレビの音に合わせて踊る幼少期だったようですが、小学校2年生の終わり頃に転機が訪れたそうです。
―そこから本格的にダンスを習い始めたんですね。
小学4年生までは地元のスクールで習っていたんですが、センターのポジションを任せられることが多くなって、いつの間にかスクール内で一番上手になっていました。そのときに、「このままここで止まってていいのかな」と、もっとダンスを極めていきたい気持ちが膨らんで、都内のダンススクールに行くことを決意しました。通ってみると、そのスクールでは後ろのポジションになってしまって、自分のレベルの低さを痛感した出来事でしたね。
NEUTより
地元でトップを張ったMIZYUさんでしたが、「上には上がいた」ようですね。

―はじめて挫折を味わった瞬間ですね。
負けず嫌いなのもあって、何度も悔しい思いをしてきました。ダンスノートをつけたり、毎回ビデオを録って、反省点を先生に相談しに行ったり。もはや習い事の感覚ではなくて、かなり真剣に向き合ってきたと思います。荒波に揉まれるのは早い方だったかもしれません(笑)。
NEUTより
そこで初めて「挫折」を味わいましたが、そこからが凄いですね。
「努力の鬼」と化して、ダンスを極めようとした姿勢は、私も見習うべきだと思いました。

余談:新しい学校のリーダーズのメンバーがダンスを始めた年齢、知ってますか?
名前 | ダンスを始めた年齢 | 年齢(2023年で) | ダンス歴(2023年で) |
MIZYU | 小学校2年生の終わり頃⇒8歳 | 25歳 | 17年 |
KANON | 小学校1年生⇒7歳 | 22歳 | 15年 |
RIN | 3~4歳 | 22歳 | 18年~19年 |
SUZUKA | 3~4歳 | 22歳 | 18年~19年 |
ダンスを始めた年齢を見ると、実はMIZYUさんが一番遅いんですよね。
小学校2年生の終わりでダンスを始めて一番遅いなんて…と驚きを隠せませんね。
きゃりーぱみゅぱみゅのダンス振付師・MAIKOとの出会い

そしてMIZYUさんはついに運命の出会いを果たします。
それは「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんのダンスの振付師をやっていた、MAIKOさんとの出会いです。
―これまで影響を受けてきたアーティストはいますか?
きゃりーぱみゅぱみゅさんです。小学6年生の頃からきゃりーさんのバックダンサーをしていました。まだきゃりーさんがデビューしたての頃で、カラフルでグロ可愛い、独特の世界観に衝撃を受けました。本人のファッションはもちろんのこと、ミュージックビデオや音楽のテイストなど、これまでに味わったことのない感覚で、きゃりーさんとの出会いは、脳内に電気が走るような感じでしたね。今も変わらず大好きですし、きゃりーさんの世界観にはずっと影響を受けています。
NEUTより
やはり影響を受けたアーティストは「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんのようですね。
小学校6年生で「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんの、あの独特の世界観を知ってしまったら、
ハマらずにはいられないでしょうね。

―きゃりーさんのバックダンサーになったきっかけを教えてください。
通っていたスクールの先生が、きゃりーさんの振り付けを担当することになって、バックダンサーは、生徒たちがする流れになったんです。「きゃりーキッズ」と呼ばれるくらいフューチャーされて、カツラを被ったり、アイマスクをつけたり。2年半くらい一緒にツアーにも同行させていただきました。まだ子どもとはいえ、一応芸能界の世界に足を入れていたので、礼儀などは先生から厳しく教えられて、よく泣いていましたね。今となっては、そのときの経験があるから、今の自分があるなと思います。
NEUTより
このスクールの先生というのが「MAIKO」さんですね。
先生が選んだ「精鋭」が「きゃりーキッズ」となった、ということです。
小学生とはいえ、やはり礼儀作法は厳しく教えられるんですね。
こういう大切なことを幼少期から叩き込まれた人は大人になってもシッカリしているものですよね。
小学生のうちから芸能界で活躍できるのは一握りですから、凄いことだと思います。

―かなり幼い頃から、社会に出ていたんですね。
遠征もあったので、1週間くらい家に帰らないこともありました。心が折れそうな瞬間もありましたが、一緒にいたメンバーが仲も良かったですし、何より家族や友人も応援してくれていたので、頑張れました。そして、ステージで踊ることが本当に大好きだったので、辞める選択肢は全くなかったです。
NEUTより
「2年半くらいツアーを一緒に回った」ということは、小学校6年生(12歳)~中学生2年か3年くらい(14歳~15歳)までということですよね。
まだ両親が恋しい年頃だと思いますが、よく頑張ったと思います。
それも一緒にツアーを回るメンバーがいたからこそできたんでしょうね。
それでも「心が折れそうになったこともあった」ということだったので、
幼いながらも「負けず嫌い」の気持ちの強さと、プロとしての責任感があったのでしょう。

何より「ステージで踊ることが本当に大好きだった」というダンスに対する想いがあったからこそ
「辞めるという選択肢」は無かったとキッパリ言える裏付けとなっていたようですね。
MIZYUさんが「きゃりーキッズ」を務めたのは、2012年の春ごろから2013年11月23日までです。
2013年11月23日(土)の「なんだこれくしょんツアー~きゃりーぱみゅぱみゅの宇宙シアター~」で卒業しました。
MIZYUのキッズダンサー時代の画像18枚!

MIZYUさんのキッズダンサー時代の画像を紹介します。
「ZEAL STUDIOS」スクール紹介インタビュー(2010年)
「MAIKO」さんと出会った「都内のスクール」というのが、以下の「ZEAL STUDIOS」です。
当時12歳のMIZYUさんがインタビューに答えていました。

安室奈美恵さんとはちょっと路線が違いますが、
ある意味では、安室奈美恵さんより激しく「歌って踊れるアーティスト」になったので、夢は叶ったと言っていいと思います!



J☆Dee’Zオーディション(2010年)
「ダンス・スタイル・キッズ(DSK)」発のダンスチーム「J☆Dee’Z」のオーディション動画がありました。
キッズダンサーのバイブル季刊誌『ダンス・スタイル・キッズ(DSK)vol.8 2010年【夏】号』の連動映像企画。ダンス・スタイル・キッズ・コム(http:/ /www.dance-style-kids.com/)にリンクされています。今回は、総勢248名の応募があった「DSKモデル三期生オーディション」と、同時に行われたDSK×SISTER JENNIのダンスチーム「J☆Dee’Z」のオーディションの模様をご紹介!
YouTubeの概要欄より
348名の中から最終審査に残った11名の中にMIZYUさん(当時12歳)はいました。

柔軟性からウォーキング、フリースタイルのダンス等の審査を行いました。

MIZYU「頑張って受かりまーす!」

MIZYU「ニコッ!」

MIZYUさん、緊張した面持ちですね。

結果は残念でしたが、MIZYUさんは恐らくこの後「きゃりーキッズ」に加入することになります。
なので、仮にこの「J☆Dee’Z」に合格していたら、もしかしたら「きゃりーキッズ」に加入することも無かったかもしれないですよね。
「きゃりーキッズ」に加入することもなかったら、「新しい学校のリーダーズ」に加入することも無かったかもしれないと思うと、
「何でもかんでも合格すればよい良いというものでもないんだな~」「人生は複雑だな」、とつくづく思いました。
とはいえ、普通に考えれば、合格した方が良いに決まってますけどね。
K-POP Cover dance Festivalの画像と動画
以下は2011年9月11日、新木場スタジオコーストで開催された「K-POP Cover dance Festival」の
日本大会に出場した時の画像です。チーム名は「PRETTY COLORES」でした。

以下が練習動画です。KARA「LIPIN&GO GO SUMMER」のカバーダンスです。
本選に出場できたようで、以下の動画で2011年当時(13歳)のMIZYUを確認することができます。
メンバーの中で一番小柄で、一番左の緑色の衣装を着ています。
個人的にはメンバーの中で一番キレがあったと思います。他のメンバーより足あがってましたし。

「PRETTY COLORES」のメンバーと。

スクールの先生と。

「ZEAL STUDIOS」の仲間たちとの画像
みんないい顔していますね!

小さい頃からステージに立っていたので、場数が違います。

みんな可愛いですね!

MIZYUのダンス・スタイルキッズ(DSK)時代の画像22枚!

MIZYUさんは幼少期にキッズダンサーとして活躍すると同時に、「ダンス・スタイルキッズ(DSK)」という雑誌のキッズモデルもやっていました。
ダンス・スタイルキッズ(DSK)の表紙に登場

ダンスとファッションは切っても切り離せない存在なので、
キッズダンサーをモデルに起用した「ダンス・スタイルキッズ(DSK)」は大人気となりました。
いつしかキッズダンサーのバイブル季刊誌となりました。

MIZYUのインスタに投稿された「ダンス・スタイルキッズ(DSK)」時代の画像
MIZYUさんのインスタで、キッズモデル時代の写真が投稿されていましたので、紹介します。
この投稿をInstagramで見る
下の画像を見ると「夢は海外デビューのロンドンガール♪」と書いてありますね。
MIZYUさんはこの時すでに「海外デビュー」を目標にしていたということですね。
約10年後に本当に海外デビューするとは…ストイックにダンスに向き合った結果ですね。
「有言実行」できていて素晴らしいと思います。
恐らく「ダンス・スタイルキッズ(DSK)2011年夏号」だと思います。
2012年にロンドンで夏季オリンピックが開催されるので、「ロンドンコーデ特集」が組まれた感じですかね。

下の画像は「きゃりーぱみゅぱみゅ」さんの大きなリボンをまんま取り入れてますね。
それを当時13歳の現役「きゃりーキッズ」がやっているので、何とも豪華な気がします。
髪型も寄せているので、アイマスクを付けたらそのままステージに上がれそうですね。

安室奈美恵さんとは別の方向性ですが、「歌って踊れるアーティスト」に成長しました!
スポットライトをひとりじめにする目標も達成できましたね!

「この冬はあみものにトライしちゃうよ☆」とのことですが、実際にやっているかは不明ですね。

「いくらやってもできなくてイラッ★」という一言を見ると、
「当時からストイックだったんだろうな~」というのがうかがえますね。

MIZYUさんには珍しい髪型ですね。RINさんみたいです。
アイラインも強めに入れているので、いつもの「可愛い系MIZYU」ではなく「カッコイイイ系MIZYU」になっていて貴重な画像だと思います。

「うさ耳」可愛すぎますね。

今やほとんど見ることができない「MIZYUの眉毛」です。貴重な画像ですね(笑)

何故か「眉毛アップ」の画像も投稿されていました。
MIZYUさん自身も「貴重な画像だよ」ということを伝えたかったのでしょう。

MIZYUの眉毛について

今や「海苔」(SUZUKA談)で隠された「MIZYUの眉毛」ですが、
キッズモデル時代はむしろずっと眉毛を出していましたね。
「新しい学校のリーダーズ」結成以降から完全に隠すようになりました。
眉毛を隠した理由①:可愛すぎるから

恐らく「可愛すぎる」のがネックとなったのでしょう。SUZUKAさんの「メガネ」と同じ理由だと思います。
「外見の可愛さ」でファンを作るのでなく、同じ外見でも「ダンススキル」を見て欲しいということなのでしょう。
眉毛を隠した理由②:キャラ設定

あとキャラクター。キッズモデル時代は「新しい学校のリーダーズ」で見るMIZYUさんのキャラとは全く違います。
MIZYUさんは過去にインタビューで「新しい学校のリーダーズ」での活動について、
「着ぐるみを着ているのに、ありのままの姿でいるようなイメージです。」と語っています。
「キャラに入り込んでいるが、それもありのままの自分」ということなのでしょう。
何とも哲学的な話になってしまいそうですね。
ABC(エンジェル・ブルー・チャーム)時代の画像(2012年)
「Angel Blue Charm(エンジェル・ブルー・チャーム)」略して「ABC」は「DSK」発のダンスユニットです。

元々はDSKモデル仲間のRUKAさんと2人組で、追加メンバーを1名募集していました。

2012年7月にMIAさんが加入して3人体制となりました。

そのABCが初めてお披露目されたのが2012年8月19日に開催された「DANCE STYLE FESTIVAL Vol.5」です。

写真撮影コーナーです。

RUKAさん、MIZYUさん。

キッズモデルとしても出演しました。


TTKC A/W 2012「DANCE STYLE KIDS Stage」
2012年に開催された「TTKC」こと「TOKYO TOP KIDS COLLECTION」の
「A/W 2012」に「ダンス・スタイルキッズ(DSK)」のモデルとしてMIZYUさんが出演しました。
キッズダンサーのバイブル雑誌としてパワーアップする『ダンス・スタイル・キッズ』のスペシャルステージ。
YouTube概要欄より
カリスマチームJ☆Dee’Z(ジェイディーズ)をメインに、DSKモデル(読モ)16名をミックスさせたTTKCならではの
豪華なダンスパフォーマンス。
場内は大盛り上がりで大歓声、今のキッズダンサーのスキルやタレント性、ファッション性を感じ取ることのできる
ステージになりました。
颯爽とランウェイを歩くMIZYUさん。

笑顔でポーズするMIZYUさん。

ポーズをもう一つ取るMIZYUさん。別角度から。

ランウェイを歩いた後は、ダンスで締めくくりました。

MIZYUがDSK時代のモデル仲間と同窓会!画像12枚!
前述の通り、MIZYUさんとRINさんは「ダンス・スタイル・キッズ(DSK)」で
共にキッズモデルとして活躍していました。
その「ダンス・スタイル・キッズ(DSK)」で一緒に頑張っていた仲間に「KANANOA」さんがいます。
2021年にMIZYUさんとRINさんが「KANANOA」さんと約7年ぶりに再会していました。
MIZYU・13歳 ダンス・スタイル・キッズ(DSK)の撮影風景

「ダンス・スタイル・キッズ(DSK)2010年秋号」でMIZYUさんとKANANOAさんは一緒に表紙を飾っています。
下の画像は2011年夏号ですね。当時の映像がまだ残っていたんですね。

MIZYUさんは当時を振り返り「すっごい緊張していた」と話していました。

これは可愛すぎますね。

MIZYUさんは「今の私はあの時の私ではない」と話し、
当時の自分について「フワフワしてクルックルに巻いて」・・・

「ファーとか着けて」・・・

「(カワイ子ぶっていた)」というのを、ダンサーらしく体で表現していました。

また、「髪の毛なんて風に吹かれるなって思っていた」と懐かしそうに当時を振り返りました。

元々4人とも喋ってるイメージないよね、という話からの、
KANAさんがMIZYUさんに対して「ツインテール回すなんて思ってなかった」と言うと・・・

MIZYUさんは「回させていただきます」と言い、ツインテールをブンブン振り回し始めました。

アップでどうぞ。

下の画像が「ダンス・スタイル・キッズ(DSK)2010年秋号」の表紙です。

まとめ
いかがでしたか?
今回は、【画像54枚】新しい学校のリーダーズMIZYUの経歴は、きゃりーキッズでキッズダンサーの他にキッズモデルでもあった!を紹介しました。
今のMIZYUさんと全然違うことにビックリしますよね。
元々持った資質が「新しい学校のリーダーズ」に加入した途端開花したのでしょうか。
私が思うに、SUZUKAさんの影響が少なからずあるのではないかな?と思っています。
SUZUKAさんを見て、「あ、ここまで自分を出していいんだ!」となったのではないでしょうか?
何にしてもこれからも「個性や自由ではみ出して」行ってほしいですね!
最後までお読みいただきありがとうございました!
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